知夫村ってどんなとこ?仕事や暮らしについてご紹介します。
2022.10.22 知夫村の概要
みなさんこんにちは!Agoです。知夫村ってネットで調べても情報があまりないけど、実際どんなところなの?という疑問にお答えすべく、新旧入り交じる情報を集めてみました。追加情報もこのページを更新していきますので、時々見てくださ~い!
知夫村ってどこにあるの?
島根県隠岐郡知夫村は、島根半島から約40㎞に浮かぶ隠岐諸島の最南端に位置する知夫里島とその周辺島嶼を行政区域とする一島一村の離島自治体です。
総面積は東京都墨田区と同じくらい
総面積13.7平方㎞
周囲約26㎞で地勢は東西に長く一般に急峻です。
気候は東京と変わらない
緯36度に位置する知夫村は、東京と緯度だけでなく気温も大きくは違わず、日本国内としては中庸(ちゅうこう)な気温です。しかし、周囲を海に囲まれている小さな島であることと、島の半分以上が森林でおおわれていることから、夏の日中でも気温の上昇が緩和され凌ぎやすい暑さです。
冬の寒さは厳しくはありませんが、北西からの季節風の影響を受け、風が厳しく曇りがちの日が多くなります。降水量は、梅雨の6・7月と秋雨の9月に増えるものの、一年を通しての変化は大きくはありません。
隠岐諸島は2つの地域に分かれている
島前(どうぜん)=知夫村、西ノ島町、海士町
島後(どうご)=隠岐の島町
島前↔島後 フェリー1時間~2時間半、高速船30分
※知夫村来居港からフェリーで2時間半。本土へ行くのと同じだ…
島前内 内航船で20分~40分
内航船 車やバイク、資材を運ぶ事ができる「フェリーどうぜん」は知夫村来居港へ1日2便やってきますので、工事車両や貨物車、自動車修理、車検などが島前間を往来します。
隠岐は自然がいっぱい
というか、自然しか無い。。。
隠岐諸島全体が大山隠岐国立公園、ユネスコ世界ジオパークに認定されています。
知夫村の歴史文化
知夫村は古代より一島一村の村として、統合、合併をせず現在まで続いています。隠岐諸島の中で最も本土側に近いことから、交通の要所として文化風習等でその名残があります。村名の由来として(海路)交通の神「道触(ちふり)の神」が由来と考えられています。中世では遠流の島として、中央からの政治家、知識人が配流され、様々な文化、伝統が伝わってきました。
様々な伝統行事が残っていますが、近年は多くがコロナの影響で縮小したり中止になっているものもあります。
皆一踊りは記事がありますので詳しく知りたい方はこちらを御覧ください。
人口の推移
知夫村の人口は1990年には855人でしたが、直近の2020年の国勢調査では634人、2030年の推計人口では453人と減少の一途を辿っています。日本全体が人口減少の時代を迎え、知夫村の人口減少及び少子高齢化も進行していくものと予想されています。
知夫村の産業について
産業別人口
第一次産業は減少傾向にありますが、H27年からR2年の間に人口が増加したことで第二次、第三次産業の就業者は増加に転じました。しかし、コロナの影響もあり、R1年の生産額は減少に転じています。
第一次産業について
畜産業
・・・繁殖牛 畜産(黒毛和牛・繁殖)
黒毛和牛の母牛に子供を産ませて、6~10か月齢で全国の肥育農家へ販売します。 「島まるごと放牧地」が特徴で 1頭平均60万円で取引されます。
年間販売額1.7億円(令和3年時点)
足腰が強く、病気になりにくい牛が購入できると全国の肥育農家から評価が高いです。近年、新規就農者が増えて若返りを果たしており、村全体の牛の飼育頭数はここ数年で30%以上増加しています。
しかし、現在島の3分の1が放牧地になっていますが、これ以上面積を増やすことは難しく、牛の飼育頭数の上限が見えてきています。
知夫村の農業といえば畜産業になります。米は作っておらず、田圃だった場所で、今は牛の牧草を育てています。古くは農業も盛んだったため高齢の方は今でも野菜づくりをしています。現在、野菜を作っている現役農家は、令和3年に移住された地域おこし協力隊の岡田紗和さんただ一人です。
水産業
水産業は、畜産業と並ぶ伝統的な基幹産業の1つです。
主な漁業形態としては、小型漁船での一本釣り、刺し網、採貝藻などの沿岸漁業です。
水産資源の減少により漁獲高が伸び悩むなかで、魚価の低迷や経費の高どまり、量的な制約から水産加工や流通販売体制の遅れなど厳しい経営環境を強いられ、漁業者の高齢化・担い手不足の問題も深刻となっています。
知夫に水揚げされる主な魚種と漁獲量
知夫村にはどんな業種があるのか?
生産年齢人口の中で農業が8%、漁業が5%の割合となっており、最も多いのが地方公共団体職員です。また、外郭団体を加えると全体の5割以上がそれら団体の職員となります。人口が少ないことで職業選択が少ないことが分かります。
増加する第三次産業の就業者数、どんな仕事が?
今後は地域振興課で支援をしている事業所のご紹介をしていきます。小さな島にどんな仕事があるのか?ニーズがあるのか?今やっていることとこれからやろうとしていること、どんな場所で人が働いているのか?などなど記事にしていきたいと思います。(そこ知りたいですよね!)
マルチワーカーだらけの島?!
今年は観光元年とも言えるほど、飲食・宿泊業の開業が相次ぎました。
「10月時点でなんと5店舗!!」
これによって島民も外食することが飛躍的に増えました。(もちろん支出も増えました^^;)単に観光の方が食事をする場所が増えただけでなく、島民が友達と気軽に食事をしたり、日々の家事負担を和らげたりすることは暮らしやすさの大きな支えになってます。
ただ、開業されたお店の方はみなさんの多くが農業との兼業です。というのも、知夫里島はまだまだ知名度が低く、冬は船が欠航するリスクもあって観観光需要が薄いです。飲食店も内需ではまかなえない。というわけで、兼業スタイルにならざるをえないという状況です。
実は、古くから島の人は複数の仕事をして暮らしていました。離島の物流の悪さから、多くのものを島内で生産する必要があったんですね。また、第一次産業がベースだったため、旬に応じた仕事に慣れており、どこの家も一家に一頭の牛を飼っていました。そのため高齢の方は器用な人が多く、働き者が称賛される文化が薄っすらと残っています。(うぅ、肩身がせまいっ)
リモートワークの可能性は無限大
最近は、就業場所を選ばなくても仕事ができる方が移住されたり、移住相談に来られたりします。みなさん、ネット環境はよいと言われるのですが、仕事をする場所がまだありません。しかし、1年後にはテレワーク施設をオープンする予定ですので、リモートワークで移住を考えている方が長期滞在できる施設を増やしていきたいと考えています。
近年の移住者増加の要因について
過去5年の転入転出の状況
過去に詳しい記事を書いていますので、よろしければそちらをご覧いただければと思います。記事の中にもある過去5年の転入転出データを見ると+41人の転入増です。
出産・子育て支援が手厚い
人口増加と同じように出生数は平成25年と令和3年を比較すると増加しています。(出生数9人という驚きの年もありました!)
これは家族移住者増加と定住者が第2子以降を出産をしているケースが重なったためですが、島生活は安心、安全が守られていると感じる方が多いということが、こういった結果に繋がった1つの要因なのかもしれません。
子育てのしやすさで言うと、保育所の送り迎えをお父さんがしている姿が多く見られます。子どもの行事へ参加するのは多くが夫婦一緒に。こういった場面を見ると、島は子育てを優先してくれる風土があることが分かります。
さらに、令和3年までは結婚祝い金100万円、出産一時金50~100万円(現在はどちらも減額しています)という少子化対策を実施しており、少なからず(いや、大きな?)効果があったと考えられます。
出産までの通院は隣の島や本土へ行く場合に助成があります。また、出産の前からの宿泊費助成があり、離島のハンディを補ってくれます。
地域と一体の教育
知夫村には高校がありません。小中学校は一貫校で、校長先生が一人、教頭先生は小学校に一人、中学校に一人です。
児童数は小中合わせて30人ほど。皆兄弟のような環境で教育が受けられます。
知夫里島島留学
平成29年から始まった知夫里島島留学は小学5年生~中学3年生までの6名がはくぐみ寮に住みながら知夫小中学校へ通う留学制度です。
都市部から島留学を希望する方が増えていて倍率が上がっています。コロナ禍で教育環境を考える方が多くなっています。
全国に広がっている教育魅力化プロジェクトですが、小さな離島「知夫里島」の大自然、そして濃いコミュニティをもつ地域で学び、培うものも多いでしょう!
暮らし密着の情報
面白い人たちがいっぱいの知夫村を見てください!
「ちぶりらしさ」といえば?を島の人たちに聞いてみました。
「結構若い人いるんですね~。」という感想をよくいただきます。慣れてしまいましたが、そう言われると確かに子どもも若者も多いですよね。
生活費はどのくらい?
これについてはもっとデータをとらないといけないのですが、追いついておりません!
でも、先に山ちゃんが書いてくれた記事がありますので、単身女子の生活水準から島の生活費を想像してみてください。
余談
島の夜は早い、朝も早い
南の離島だと飲み屋さんが繁盛していて朝まで営業したりしているものだそうですが、知夫村で営業している飲食店は遅くても22時ごろまでです。18時には中心地の郡地区は静かになっていて、20時まで営業している商店へ買い物にくる人もパラパラです。
どうしてこんなに島全体が朝方習慣なのか?それは、集団漁業がなく漁業者の数が少ない、夜船を出す漁法が少ない、港湾土木の地場業者が少ないなど肉体労働者が少ないことが大きな要素かもしれません。
特に朝まで営業するお店を求めているわけではありません(笑)ただ、過疎が進むと一昔前は当たり前に存在したものが無かったり、でも新しいものもそう多くはなかったり。しばらく住むと島前地域でも島ごとに風土や器質がまるで違うことに驚きました。それぞれの島に良さがあって、それが住みやすさに繋がっていればこんなに素敵なことはないですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
もし、知りたい情報がある方はドシドシ追加情報のご依頼をお待ちしています!
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